大教会青年のお話

日々の出来事や、気付きを投稿していきます

89日目

 こんばんは!先日に引き続き、おぢばがえりさせていただいた時のことをお話しします。

 

 

 

 おぢばがえりが決まってからかなり浮き足立っていました。日々のひのきしんはとても楽しいし、それは良い事なんですが、10月初旬で既に行けた気になっていたんです。

 

 

 ある時思いました。これではダメだ。ありがたいありがたいと思ってひのきしんする事はとても良い事だし、基本なのかもしれません。しかし、真柱様の御言葉、諭達の御発布、このようなありがたく極稀な旬を目の前で感じさせていただける機会なんて滅多にありません。

 

 

 諭達の御発布が決まってから、大教会長様はしきりに『諭達の御発布を待ち望むだけではなく、受け取る心づくりをしてほしい』と仰っていました。

 

 

 『このままのふわふわした気持ちでおぢばに帰って良いものか』と思いました。

 

 

 その日から毎日のおつとめ、ひのきしんは、理づくりの心で通らせていただきました。何が理づくりとなり得るのか、何が理づくりになり得ないのか曖昧な知識でしたが、おぢばに帰るまで精一杯勇んで通らせていただこうと思いました。

 

 

 おぢばに帰るまでには、鼓笛隊の活動、大教会行事のキャンプ、親戚の教会へ月次祭のお手伝い、祭文作成など沢山の御用がありました。おぢばがえりの前に取り組まなければならない大事な御用です。浮き足立ったままでは越えられません。全て初めての御用でした。

 

 

 そうして自分なりに一生懸命日々通らせていただいていると、ある日の青年会委員会でこんな話が出ました。

 

 

 「青年会総会に出席できる人が1人足りない」

 

 この度の青年会総会は、各分会代表者3名となっておりました。委員長、副委員長2名との事でした。僕は委員でしたので参加予定はありませんでした。しかし、色々と話を聞いているとどうやら僕がその不足分を補う事になりそうです。

 

 

 めちゃくちゃ嬉しかったです。こんな事があるんですね。参加したいなと思っていたら参加の声がかかる。親心ですね〜。理づくりしてるとこんな事にも繋がるんでしょうか?未だにどの心をお受け取りいただけたのか分かりませんが、本当にありがたかったです。

 

 

 青年会総会も3年間?開催を見送られていました。やっと再開できました。そんな大事な時旬にまた僕が参加させていただける。なんで僕なんだろう?と不思議でしょうがありませんでした。勿論、行ける人が僕だけだったので当たり前に感じるかもしれませんが、そんな偶然が重なるとは思えませんでした。親心を、神様を感じました。

 

 

 それからより一層勇んで通らせていただき、一番最後の行事であるキャンプを終えて、いよいよおぢばがえりです。

 

 

〜続く〜